FC2ブログ

陽水と秋水(2)

父の名が若水であるから、子にも同じ「水」を付けたのだろうことは想像できる。

秋水の名は師中江兆民からもらった号であり、本名は伝次郎。なぜ、祖父廣之助は、あえて子の本名に若水という珍しい名前を付けたのか。

実は、佐賀の記録では、若水の名付け親は別にいた。廣之助の姉竹野の夫千谷林三郎である。志津江さんも林三郎のことをよく覚えており、間違いないと言う。

林三郎は明治十一年、幡多郡入野村(旧大方町)生まれで地方法務局職員(登記官と思われる)であった。

当時、子どもの名前を親戚や親しい近所の者に付けてもらうということは、ここらではよくあった。(幸徳伝次郎もそうである。)林三郎は先の家族写真にも写っており、まじめで人望のありそうな顔をしている。

若水が生まれたのは明治四十一年二月二十五日。その頃、秋水は中村に帰っていた。六月二十二日、東京で赤旗事件がおこった。秋水は七月二十一日、下田から東京に向かう。二年後、大逆事件で逮捕される。

そんな渦中。当時三十歳の林三郎は日本中注目の秋水の動静が気になっていたはずだ。かわいい甥っ子に「若い秋水」=「若水」と名付けたのではないか。

林三郎の子孫が高知市内にいることがわかり訪ねた。林三郎は敬虔なキリスト教徒であった。遺品の蔵書の中に、内村鑑三の本を見つけ、ドキリとした。

内村は秋水萬朝報記者時代の同僚であり、日露戦争で非戦を唱え一緒に退社した。いわば同志である。

しかし、内村の本は「研究十年」(大正二年刊)、「感想十年」(同三年刊)などであり、林三郎が明治四十一年ごろすでに入信していたのかはわからない。志津江さんも林三郎がキリスト教徒であったことは覚えていないそうだ。

また、林三郎は自分の子ども四人(男二、女二)には普通の名前を付けている。若水の弟妹たちもよくある名前である。なぜ、若水だけ。想像は膨らむが確実に裏付けるものはない。

若水の由来、陽水の名前のルーツはなお藪の中である。


ところで、歌手井上陽水についてである。

陽水は昭和二十三年、福岡県飯塚で生まれ、糸田町で育った。妹章子も生まれた。西田川高校を出て、家業を継ぐべく歯科大を三年受けたが失敗。父の期待を裏切り、好きな音楽の道に飛び込んだ。昭和四十四年、アンドレ・カンドレの芸名でデビュー。しかし、売れなかった。

昭和四十七年三月、本名の井上陽水(ヨウスイと呼ばせた)で再デビュー。最初のアルバムは両親を歌った「人生が二度あれば」であった。

 父は今年二月で六十五 
 顔のシワは増えてゆくばかり・・・

父若水は青年時代、一家で佐賀を出た。いつかふるさとに帰りたい、凱旋したいという思いを強くもっていた。

昭和四十七年、佐賀には歯科院がなかったことから、当時の町長から要請され、念願の里帰りを果たし、開院準備中であった。しかし、六月二十五日、突然倒れた。享年六十五歳。

陽水の歌はこれを予言したかのように、父の追悼歌になってしまった。葬儀は佐賀で行われ、荒神山の井上家墓地の両親の隣に葬られた(のち田川にも分骨)。

 20180804114314c4d.jpg   201808030737565cb.jpg
 井上廣之助(陽水祖父)    井上家塁代墓
 若水(同父) 墓

久住町の妹志津江さんから私に届いた手紙の中に、「ブラタモリ」を見てください(陽水テーマ曲)とのメッセージとともに、若水が便せんに書き残した直筆の俳句が入っていた。若水は妹二人がいる久住にたびたびやってきた。

 山宿の虎杖(いたどり)ありて故郷をふと
 久住路の石ころ道や花薊(あざみ)
 囀り(さえずり)や兄妹集ふ山の宿

「小春おばさん」という陽水の歌も志津江さんのすぐ上の姉春子を歌ったものだと教えてくれた。

 小春おばさん逢いに行くよ
 明日必ず逢いに行くよ・・・

春子さんは昭和十九年神戸で没しているので、陽水は知らない。二十三歳、結核でむごい死に方をしたということを、父から聞かされていたのだろう。 

父の思いがわかっていたのか、陽水は無名のころから何度も佐賀に帰ってきている。当時の写真も見せてもらった。

平成二年(一九九〇)、佐賀町政施行五十周年の年、町の要請にこたえ、「ふるさとコンサート」を役場前広場で開き、六千五百人を集めた。ノーギャラだった。

ある親戚のご高齢婦人は、若い陽水を夫(故人)が秋水墓に連れていったことがある、自分も一緒に、と語っていた。

陽水自身が出した本(聞き語り、対談)「綺麗ごと」「青春ふたり旅・五木寛之・井上陽水」には肝心のことは触れていない。避けているかのように。

やはり、陽水は秋水に秘めた思いをもっているのではないか。いつかズバリ聞いてみいたい。(続く)

 201808160724038ee.jpg
 佐賀での若き陽水

「文芸はた」第4号 所収
 2018.7.20刊行



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR