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中か 中村か(続き)

前号を読んでくださった静岡県磐田市在住のFB友達から、隣の袋井市に「中」という地名があるということを教えていただいた。感謝。

その場所はこちらの中村と同じ、川に囲まれたエリアだという。ネットの地図でさがすと、両市の境界地点、太田川と原野谷川に挟まれた中州に「中」という住居表示があった。

袋井市役所に電話をし、そのあたりの歴史に詳しい職員さんに、いろいろ教えてもらった。それによると・・・

「中」のあるエリアは、2005年袋井市と合併するまでは、磐田郡浅羽町であった。

浅羽町は、1955年、東浅羽村、西浅羽村、上浅羽村、幸浦村の村が合併してできた。

さらに、このうち西浅羽村は、近代地方自治制度ができた1989年(明治22年)、中、長溝、富里、浅岡、浅羽一色、一ノ池新田という6つの「ムラ(邑)」が一緒になってできた。

江戸時代には、このあたりは「中ムラ」「長溝ムラ」などと呼ばれていたが、西浅羽村ができた以上は、重複を避けるため、「中ムラ」は「中」と地名(字名、住居表示)を定めたのだろうことは推測できる。

このような歴史をみれば、中村という地名の原点(ルーツ)がわかりやすい。もとは「中」だったのだ。

地図を詳しく見ると、中村交差点(信号)があるので、聞くと、このあたりは地名(住居表示)としては「中」と定められているが、住民のふだん使う言葉としては「中村」も残っている。だから、交差点の名前に使われているのだという。

なるほど、言葉の中には「中ムラ」が生きているのだ。「中」という言葉は「ナカ」と短く、語呂として「ナカムラ」のほうが座りがいい。だから、生き残っているのだと思う。

ちなみに、ここの「中」の由来は、川の中という意味であり、他の多くの中村のような、地域の中心地という意味ではないようだ。

その点、わが中村は、ここに比べて中州が広大であるため、両方の意味をもっていたものと思われる。

さらに、わが中村は明治22年、同じ名前の自治体に移行したため、中村という地名が広く深く浸透した。だから、明治38年、町制移行のさいは、本来なら「中町」にすべきところを、住民の抵抗があり、「中村町」という折衷的な名前に落ち着いたということだろう。

よかった、よかった。これで腹に落ちた。
FB友達のおかげだ。
こういう時こそFBをやっていてよかったと思う。

ところで、NHK番組「日本人のお名前」で「中村さん」についてやっているのを見た。中村さんは、佐藤、鈴木など・・・に続いて8番目に多い姓だ。

中村さんが多いように、中村という地名は全国に169あるという。

中村から派生したのが、北村、西村、武村、村上などであり、日本人の姓には「村」がやたらと多い。

「村」の語源は「群れ」であり、人のかたまりを意味するというから、いたるところに「村」がある(いる)のは、当然であろう。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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