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安倍晋三と桂太郎

自民党総裁選挙で安倍首相が3選され、事実上、首相としても続投が決まった。

自民党総裁の任期は3年であるから、この間、首相を途中辞任しない限り、通算の首相在任期間は戦後最長の佐藤栄作だけでなく、歴代最長(2886日)の桂太郎も抜くことになる。

今更ながら、この顔ぶれをみると暗然としてしまう。3人とも、山口県、かつての長州出身だからだ。

その上、佐藤栄作の2代前の岸信介は安倍晋三の祖父であり、栄作はその弟(大叔父)であるから、血統の濃い一族である。

今年は明治改元から150年。いまも日本の政治は長州閥に牛じられていることを示している。

これらの顔ぶれの中で、桂太郎は一般的にはあまり知られていない。戦前の首相の中では印象が薄いので、この人が歴代1位の首相在任期間というと、驚く方が多いと思う。

しかしながら、桂太郎は、私には、強いインパクトを与えている。その名を聞くと血がさわぐ。

大逆事件をでっちあげ、幸徳秋水ら24人に死刑判決を出したからだ。(うち12人は無期懲役に減刑)19010年6月、秋水逮捕、1911年1月死刑執行。

桂は、3回組閣しているが、その中の、第2次桂内閣(1908年7月~1911年8月)の時だ。

この頃は、日本の政治史では、「桂園時代」と言われる。桂と西園寺公望が交互に組閣をしていた。

当時、秋水らの活動によって日本に社会主義思想が広まりはじめていた。これに対し、時の明治政府は言論出版を認めないなどの措置で封じ込めを図っていた。しかし、西園寺公望は一方で開明思想をもっていたこともあり、そのやり方が手ぬるいと、陰の黒幕、元老の山縣有朋は、不満であった。

そこで、裏から手をまわして西園寺を引きずり降ろし、桂を再登板させた。山縣も長州出身、桂は陸軍創設以来の子飼いであった。

桂は山縣の意を受けて、対外的には植民地支配を強化、1910年、韓国を併合した。

対内的には、社会主義運動に徹底的な弾圧を加えた。宮下太吉、管野須賀子ら4人による爆発物製造計画発覚を千載一遇の好機ととらえ、大々的にフレームアップ。計画にはかかわっていない秋水ら、その他の全国の運動家を根こそぎ逮捕した。

裁判は大審院の一審だけ、しかも傍聴禁止の暗黒裁判。事件のシナリオ(物語)は平沼騏一郎(のち首相)の指揮のもと、検察側がつくりあげた。

判決前に、山縣、桂はひそかに、その内容の報告を受けている。

海外からの批判が高まるのを恐れ、判決からわずか1週間後に死刑執行。戦後、平沼は、裁いたのは彼らの「思想」であったことを認めている。日本の裁判史上、類を見ない汚点を残した。

その桂を安倍が超えるという。

安倍の、この間の強権政治をみれば、それもうなづける。
今回の総裁選では、一人、憲法改正を叫び続けた。

アホ犬の遠吠えと、軽く見てはいけない。
安倍を次の3年、任期をまっとうさせては大変なことになる。

長州閥がまたも日本を奈落の底に引きずり込んでしまう。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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