高知龍馬マラソン

 2月16日、高知龍馬マラソン(42.195キロ)を走った。
 大会へは応募7995人から抽選に受かった5586人がエントリー。関東地方の大雪などで来られなかった選手がかなりいたようで、実際走ったのは4853人。県庁に近いスタート地点の電車通りは選手で埋め尽くされ、午前9時の号砲から、私がいた最後尾がスタートするには6分近くかかった。

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私は昨年10月、四万十川ウルトラマラソン60キロを走ったが、フルマラソンは初めて。ウルトラでは、とにかく9時間半の制限時間内にゴールすることが目標だったが(結果は9時間16分)、今回は少し自信がついたので、一応の目標を制限時間(6時間)より早い5時間半と、「歩かず完走」におき、できれば5時間を切りたいとの欲ももった。1キロ7分ペースで走れば、5時間を切れる計算になる。

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コースは電車通りを東に走り、南国市に入ったところで南に折れ、太平洋へと向かう。20キロまではセーブしながら、予定通り6分半ペースで走れた。幸い、快晴微風の絶好の条件。まわりも調子がよさそうだ。

しかし、中間点を過ぎたころから、だんだんとピッチが落ち、苦しくなってきた。23キロ地点には最大の難所、高さ45メートルの浦戸大橋の登りがある。ランナーの半数は歩いていたが、なんとか止まらず登りきった。橋を降りると桂浜だが、ここらあたりからペースは7分を超えた。

太平洋に沿った直線の「花街道」の中間、30キロを過ぎると8分台。前半の貯金がなくなる。35キロで9分台。ここらからは、走っているのか歩いているのか分からない。体もフラフラ。まわりも半数ちかくが歩いているが、とにかくその誘惑には負けないように、足を絞り出す。

40キロでは10分台。ゴールの春野運動公園陸上競技場の手前1キロの登りは壁のようだった。フィニッシュは5時間17分13秒。スタートの6分遅れは靴に付けた磁気チップで自動計測されるので、これがネットのタイム。

途中までは、あわよくば5時間切りを狙っていたので、ウルトラの時のような達成感はなかったけれど、「歩かず完走」ができたことには満足できた。今回はラップタイムを意識することができるようになった分、余裕ができたということにしておこう。

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この大会は市民マラソンにスタイルを替えて(名称も、高知マラソン→高知龍馬マラソンに)から2年目にしては、沿道の応援も多く、また給水所などの体制もしっかりしていた。水以外にも、バナナ、チョコレート、アンパンなどのほか、きゅうり、ブロッコリー、トマト、ちくわなどの「郷土食」もたくさん並べられていた。四万十川ウルトラの2000人に比べると、はるかに選手が多いので、どれだけの「おもてなし」があるのか心配だったが、期待以上だった。

しかし、きょうの高知新聞記事によると、公認ボランティアはわずか40人とか。ということは、コース誘導や給水所にいたのは大半が「仕事」で動員された人たちなのだろうか?

四万十川ウルトラでは、スタッフの大半が市民ボランティアで1800人も集まる。100キロのコースは、ボランティアなくしてはつくれない。

また、今回のゴールの陸上競技場には選手以外には入ることができなかった。家族などはスタンドまで。だから、選手たちは淡々とゴールするという形になり、家族や友人などと抱き合う感動のシーンが見られなかったのは残念であった。ウルトラのゴール、中村高校の夜のグランドのような、みんなが涙を流す、市民と一体となったドラマはなかった。

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フルマラソンとウルトラ、距離と達成感の違い。5千人(将来は1万人をめざすという)と2千人、ランナー数の違い。街と海、山と川、コースの違い。

四万十川ウルトラは今年で20回目。龍馬よりも先輩だ。
ともにその特色を活かしながら、切磋琢磨して、たんなるスポーツというよりも、交流人口の拡大をめざした「地域元気プロジェクト」に育てたいものだ。
 

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田中全(ぜん)

Author:田中全(ぜん)
四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃんです。

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