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秋水墓前祭と天皇制

1月24日、幸徳秋水の命日。今年も恒例の墓前祭を中村の正福寺で開いた。

墓前祭は敗戦の翌年、幸徳家による墓前供養として始まったのが最初で、労組(中村地区労)、社共などが引き継ぎ、今は顕彰会主催。「刑死108年」となる今年も京都、岡山からを含む約70が参加した。

明治44(1911)年、秋水ら24名が死刑判決を受けた(12名は無期懲役に減刑)罪名は「大逆罪」(旧刑法73条)。天皇、皇族に対して「危害ヲ加へ又ハ加エントシタル者ハ死刑に処ス」と規定されていた。

一部にあった爆弾論議をフレームアップして、大々的な「天皇暗殺陰謀事件」(大逆事件)にでっちあげ、非戦・自由・平等思想普及阻止のための弾圧、みせしめに利用した。

戦前国家では天皇は神聖にして犯すべからずの絶対君主。全ての権力は天皇に集中。軍隊は「皇軍」であり、「臣民」は有無を言わさず戦争に動員された。

天皇中心の国家体制=天皇制は日本の敗戦で終わるかに思われたが、戦後も「象徴」として温存され、その一つが元号である。

秋水ら刑死の翌年、明治は大正に。さらに昭和から平成に変わり、平成も今年で終わる。

この間、昭和54年元号法制化、今回は初めての生前譲位による代替わりというのに、天皇制のあり方をめぐる自由闊達な国民的議論はなきに等しく、マスコミタブーは増幅されているように思える。

安倍政権出現により戦後保守本流政治は堰き止められた。特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法強行など戦前システム回帰をめざす別流にバイアスがかかり、特に最近の従軍慰安婦、徴用工をめぐる問題での韓国政府への異常なまでの口出し・介入は、大逆事件と同じ年に強行した朝鮮併合を想起させる。

幸徳秋水は「思うに、百年ののち、だれか私に代わって言ってくれるものがあるであろう」と言い遺して絞首台にのぼった。

その百年はすでに過ぎたが、あの時代に秋水たちが提起した問題や、彼らの首をくくった社会構造のようなものは、いまだ根本は変わっていない。

今年の秋水墓前祭ではそんな思いを強くもった。

(幸徳秋水を顕彰する会事務局長)


「高知民報」2019.2.10投稿

高知民報2019年2月10日

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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