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文学の罪と罰

幸徳秋水は1911(明治44)年、「思うに、百年ののち、だれか私に代わって言ってくれるものがあるであろう」と言い残して絞首台にのぼった。

大逆事件に対し文士は無抵抗、声を上げる者はなく、文壇は脳死の状態に。

ひとり石川啄木だけが真実を知ろうとしたが斃れた。

果たして百年後の2011年、NHKはスペシャルドラマ「坂の上の雲」を制作、放送していた。

原作者司馬遼太郎は「あとがき」に「この作品は、小説であるかどうか、じつに疑わしい。ひとつは事実に拘束されることが百パーセントにちかいからであり、いまひとつは、この作品の書き手―私のことだーはどうも小説にならない主題をえらんでしまっている」と書いている。

小説では許される創作を歴史書でも行ったのならば、罪は重い。

作品は、軍人秋山好古、真之兄弟と正岡子規を主人公に、一心不乱に坂をのぼっていく明治の若者を描いた青春群像というが、全体を通して一貫しているのは生々しい日露戦史であること。

日露戦争は本当にロシアの侵略主義から日本を守ための戦争であったのか。

戦争に反対した秋水や、戦後不満が爆発した日比谷焼き討ち事件のことなどは触れられていない。

原作は高度経済成長期の1968~72、新聞連載されたものだが、その後、司馬は新憲法堅持、自衛隊海外派兵反対などを強く主張。この作品の危険性に気づき、映像化を許さない遺言を残した。

しかし、観光の目玉にしたかった松山市長(現知事)が夫人を口説き、NHKがこれに乗り、元木雅弘、阿部寛らの俳優がタブーの幕間から飛び出してきて、「祖国防衛」のために勇敢に戦う姿を演じた。

明治150年が終わり、今年は新たな改元。

今また、日本は過去大陸で犯した「事実」にはほおかぶりし、北朝鮮、中国への危機感をあおり、軍備拡張に驀進中。

国民の政治意識の基礎には歴史意識があることがわかっているから、従軍慰安婦、徴用工問題等に異常なまでの反応を示している。

歴史を都合がいいように書き換え、国を一つの方向にもって行こうする大きな流れ。  

日露戦争前夜のような高揚と息苦しさが織り交ざっているように感じられる。

文学作品はその時代の歴史的産物であり、鏡である。

文学者は思いのままに書けばいいのではなく、自らの作品が誰かによってどう利用されるかわからないという緊張感を臓腑に刻んでほしい。

幸徳秋水を「百年たったのに・・・」と嘆かせないために、秋水のふるさとに住む自分としては、文学をそんな目で見ている。


高知ペンクラブ会報 85号 
わが心のなかの文学
2019年2月

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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