岡村龍昇さん

 先月、市内在住の写真家、岡村龍昇さんが亡くなった。享年75歳。

 私は写真をやっている訳ではないが、龍昇さん(みんなそう呼んでいた)の名前はだいぶ前から知っていた。高知県交通勤務時代(整備士)から写真が好きで、全国写真連盟や高知県写真家協会などの役員をされるなど、県下でも名の通った写真家であった。

農漁村などの風景の撮影が得意で、最近は四万十川をテーマにした個展をたびたび開いていた。

2007年、高知新聞社から出版された『こころのうた 四万十川百人一首』には、当時大阪に住んでいた私の歌も一首載せてもらっているが、この本の写真はすべて龍昇さんのものである。

 私が龍昇さんに初めてお会いしたのは市長になってから。龍昇さんには、市の文化行政において多大のご貢献をされていた。主に公民館活動で。市展開催や写真技術の向上指導など。自らも「写団四万十」や「写団りゅう」を主宰されていた。なのに、地味で、口数の少ない人だった。

市とのコラボでおこなった企画の中で、画期的だったのが「中村の百年写真展」。

市立図書館の移転時、書庫の奥から、古いガラス乾板がたくさん見つかった。ガラス乾板は、フィルムが普及する前に使われていた感光材料のガラス板のこと。乾板には、古い中村の町の風景や人物などが写っていた。

龍昇さんが収集されている古い写真がほかにもあるので、これらを市民向けに展示をしてはどうかとのご提案をいただいた。私は即座に、ぜひやりましょうと答えた。タイトルを「中村」とすることだけ念を押して。市民にも、古い写真があったら提供してほしいと、呼びかけた。

「中村の百年写真展」は、2012年3~4月、公民館で開いた。明治末から大正~昭和20年代まで、150枚の写真には迫力があった。「おまち中村」の繁栄から、大水、戦争、南海地震まで。当時の風景と人々の暮らし。写真の価値・神髄は何よりもその記録性にあることを、写真が教えてくれていた。

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写真を見ることによって過去と現在の対話ができ、この間、失ったものと得たものがわかる。今を知ることができる。多くの市民が写真にくぎ付けになった。

大好評だったことから、翌2013年も同時期、第2弾(PartⅡ)も開いた。写真を増やし、規模を拡大して。さらに多くの市民に来ていただいた。

この写真展は、龍昇さんがおられたからこそできた企画である。何よりもその熱意。また、ガラス乾板から現像する技術など、いまどきほかに誰も持っていない。

2012年度市民表彰において、功労表彰を「写団四万十」(代表岡村龍昇)に贈らせていただいた。

この写真展を、地元への帰省者にも見てもらうためお盆の時期にも開いてほしい、写真集もつくってほしい、などの声もあがり、その対応を検討してもらっていた矢先であった。

前の日まではお元気だったが、突然の脳出血で倒れられ、翌日逝かれた。「清流に歴史と文化を映すまち」-市にとって宝のような文化人を失ってしまった。残念でならない。

しかし、好きなことに集中、没頭できること、そのことがみんなに喜ばれ、文化の発展、地域貢献にもつながる。そんな充実した人生を送られた龍昇さんをうらやましく思う。

龍昇さんのご冥福を祈るとともに、心からのお礼を申し上げたい。
きっとあちらでもカメラをぶら下げ、歩きまわっておられることだろう。

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<中村の百年写真展>
http://www.city.shimanto.lg.jp/top-img/2012/0426/index.html

 昭和4年の中村~1     DSCF1721.jpg     DSCF1730.jpg

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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