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文子を追っかけ韓国日記(4)

4日目

金子文子関係のイベントは2日間で終わったので、この日はフリー。翌日の帰国は早朝便なので、残りは実質この日だけ。

私はかねてより、韓国に行くのならば、戦前、日本が支配した痕跡を訪ねたいと思っていた。韓国では、その時代の日本のことを日帝(日本帝国主義)と呼ぶ。

亀田さんと金昌徳さんが案内してくれるというので、最初に安重根義士記念館をお願いした。安重根(アン・ジュン・グン)は1909年10月、満州ハルピン駅頭で伊藤博文をピストルで銃殺した、韓国にとっての英雄である。だから「義士」とされている。(数年前、日本の菅官房長官は彼のことをテロリストと呼んだことは記憶にあたらしい。)

朝9:30、金さんがマイカーでホテルに迎えに来てくれた。記念館はソウルのシンボル南山タワーがある南山公園(丘)の一角にあり、20分で着いた。南山にはかつて日帝がつくった朝鮮神社もあった。

記念館入口には巨大な安重根の像がそびえている。安の書を刻んだ石もあちこちにある。館は2010年立て替えられ、4つの箱がつながったモダンな構造。

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入場無料に驚く。多くの国民が来やすいように。国の位置づけ。入口ホールにも白く大きな像。バックには、同志12人が指を切った血でかいた「大韓独立」の文字。

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安は名門の家に生まれた。教育家で軍人。抗日義兵闘争に参加。その生い立ちから、伊藤銃撃、裁判、31歳で死刑(殉国)にいたる過程が、写真、パネル、人形等で詳細に展示されている。

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一番衝撃的なのは、伊藤を銃殺する場面が再現されているところ。リアルである。

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幸徳秋水は安の「義挙」を讃える漢詩をつくり、安の絵葉書に書き添えた。絵葉書はサンフランシスコの日本人アナキスト(南繁樹ら)がつくったもの。秋水は最後に湯河原で拘束されたさい、カバンの中に、この絵葉書をもっていた。この漢詩を紹介した当時の韓国新聞(2010年)が展示されていた。

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この記念館に来たかったのは、こうした秋水とのつながりがあるからでもある。
秋水の思想は、その後、韓国独立運動家に影響を与えた。朴烈や金子文子にもつながっている。

高校生たちが課外研究で来ていた。私らが日本人であることに興味をもったらしく、なぜここに来たのかと聞かれた。安と秋水との関係を教えてやった。礼儀正しい高校生に感心した。

安は獄中でたくさんの書を残した。秋水が絶筆漢詩を遺したのと同じだ。また、自伝や「東洋平和論」も書いている。これも秋水に似ている。

旅順で行われた安の裁判には高知県人が多くかかわった。検事の溝渕孝雄、弁護士の水野吉太郎など。そうした関係から安の遺墨が高知県に残されていた。いまはこの記念館に寄贈されているときいている。秋水を含め、高知県とのつながりの重さを感ずる。そのあたりのことに詳しい学芸員は不在であった。

次に、西大門(ソデムン)刑務所跡に連れていってもらう。こちらは亀田さんの推薦。途中、車中からソウル駅の旧建物を見る。東京駅にそっくりであり、日帝建造とわかる。

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西大門刑務所は、1908年、日帝がつくった監獄。有料だが、65歳以上は無料。

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安重根は死して英雄になったので、まだ見やすいが、こちらのほうは日本人が見るには心がいたむ。一般囚人も入れられていたが、展示は、日本に弾圧迫害された韓国独立運動家たちのことが中心になっている。

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拷問が行われた部屋、処刑室(ギロチン)、犠牲者の生の写真、女性も多い。亀田さんによれば、政権が変わるごとに微妙に展示が変わるそうだが、もらったパンフにもあるように「韓民族の受難と苦痛を象徴した」、忘れてはいけない歴史として位置付けていることは不変であろう。

日本でいえば、広島の原爆資料館が同じような役割をもっているのだろうが、こちらのほうが、より陰湿であり、苦しい。

この建物は多くの映画やテレビでもロケに使われる。「金子文子と朴烈」の映画にも登場していた。朴烈の仲間が釈放されるシーンで。

このあと仁寺洞(インサドン)入り口で車を降ろしてもらい、金さんとお別れ。仁寺洞は東京の原宿のような通りで、いろんな店があり観光客に人気があるところとか。ここでお茶と軽い食事をする。土産物を買う。

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少女像(慰安婦像)は歩いてすぐ。斜め前が日本大使館。小雨が降ってきたので、少女はレインコートを着ていた。観光客らしきは私らだけで、みんな何も気にせずスイスイ通っていく。一般の韓国人にとっては日常風景なのだろう。

像の隣にテントが張ってあり、中に人がいるようだ。像を守っているのだそうだ。像には影も描かれていた。影のほうがインパクトがある。少女が生きているからだ。

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大きな通りを渡り、景福宮へ。京都の御所、東京の皇居と同じ。中に国立古宮博物館がある。

庭が広い。その中に、韓国伝統衣装をまとった女性が多い。みなレンタルだという。京都でもレンタルの着物を着てブラブラ歩いている若い女性をみかけるが、同じだ。

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博物館は無料。朝鮮王朝時代の展示が中心。日本は中国、朝鮮から文化が入ってきていることから、日本で見るものと、そんなに差はない。しかし、重厚、荘厳ではるかに深みがある。

雨が降ってきた。正面の大通りを歩く。世宗大王、李舜臣将軍(秀吉軍を撃退)の像は迫力がある。王宮を背景に、こんな見事なレイアウトの像は日本にはない。

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仁寺洞に戻り、夕食をとってから、ホテルにタクシーで戻った。(続く)

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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