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津賀ダム 日韓交流

津賀ダムは、四万十川支流梼原川にかかるダムで、アジア太平洋戦争下の昭和15~19年、朝鮮人強制連行や徴用工を使ってつくられた。場所は旧大正町(現四万十町)で、昨年9月、このブログで紹介した。

http://hatanakamura.blog.fc2.com/blog-entry-461.html

ダム湖の上に、2009年6月14日、「津賀ダム平和祈念碑」が建てられた。幡多高校生ゼミナールに参加する、日韓の高校生たちの手によって。

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祈念碑建立から10周年にあたり、8月4日、韓国の高校生も参加して同地で記念の集いがあった。私は、7月22日~26日、韓国を訪問してから帰ってきた直後であり、日韓交流の重要性を強く感じたことから、参加をした。

幡多高校生ゼミナールは、1983年、幡多地域の高校生たちが「足もとから平和と青春の生き方を見つめる」ことを目的につくった自主的サークルで、地域に埋もれた歴史を発掘してきた。

最初、高知県に多く存在した、アメリカのビキニ水爆実験による被災船の調査から始まり、1990年からは津賀ダム朝鮮人強制連行調査を行ってきた。

93年からは韓国ソウル、釜山等へ出向き、韓国高校生との交流をおこなっている。そのもようは、「ビキニの海は忘れない」に続くドキュメント映画第2作「渡川」に収録されている。

津賀ダムにどれだけの数の朝鮮人が連れて来られたかについては、昭和19年、大正町役場資料の中に、男子554人、家族を含めて666人という記録がある。彼らは「募集の名目のもと強制連行された」「石を担いで運んだり、トンネルの発破の作業を行うなど、きつい、汚い、危険な、仕事を主としていた」「現場の下流の両岸にある狭い仮住宅にぎゅうぎゅうづめの状態で生活」「逃亡する者も多く、監視が厳しかった」と書かれている。(「大正町史」、2006年刊)

ここで亡くなった人も多くいたようだが、その数は不明であり、下道集落の墓地の片隅に石を置いただけの墓が3つ確認されているだけ。その石の前で、家族らしき人が、アイゴー、アイゴーと、地に伏して泣いていたのを見たという証言がある。

今回の集いには、韓国釜山の高校生4人(同伴者も4人、計8人)を迎えた。2日前に到着し、宿毛市と四万十町で地元高校生たちと交流をおこなった。

平和祈念碑前での集会には、約70人が参加。挨拶は、実行委員長(山本氏)、四万十町長(メッセージ代読)、韓国民団高知支部代表、地元下道集落代表(中平氏)。アリランの笛演奏の中、全員が献花。

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続いて、韓国高校生4人(全員女性)による現代版振付のアリランの歌と踊り。びっくりしたが、これがすばらしかった。

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韓国高校生代表による挨拶。最近の日韓情勢がおかしくなっているため、韓国では私たちの訪問を心配する人がいた。しかし、私たちは歴史を共有して平和を守る活動を継続していかなけれならない。津賀ダムは過去の傷痕を癒して、平和と共生の未来へと導く橋渡しとなっている。・・・驚くほどしっかりした言葉だ。

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締めは、幡多ゼミOBで現四万十町議の村井真菜さんによる閉会あいさつ。これもすばらしかった。

今回は、日韓関係が最悪の状況下での集いであったので、どんな妨害が入るかもわからいという心配から、事前に警察にも連絡をしておいたそうだが、幸い何のトラブルもなく、集いは終わった。韓国高校生たちも、その日のうちに窪川駅から帰って行った。

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今年は、日本による朝鮮支配から韓国の人たちが立ち上がった3.1事件から100年であり、戦後、韓国解放からも74年たつ。

最近の日韓問題の発端は、徴用工への補償問題。まさに、津賀ダムのようなケースが問題になっているのだ。

日本側は1965年の日韓請求権協定で解決済みと主張いている。しかし、この協定は国と国レベルの内容であり、民間からの請求権までは否定しているものではないということを、日本政府も過去の国会答弁で認めている。

しかも、今回は韓国最高裁判所の決定である。日本も韓国も三権分立。行政は司法に介入できない。なのに、日本政府は韓国行政になんとかしろと追及。法の秩序を破れと言っているのだ。逆の立場で、日本の最高裁判所の決定に外国から異を唱えられていたら、日本政府はどうするだろうか。

日韓請求権協定にしても、当時の韓国は李承晩軍事独裁政権当時であり、真に国民を代表する政権ではなかった。

結局、日本政府は中途半端な形でしか、戦後処理をしこなかった、過去の朝鮮支配への心からの反省がないままである。そのツケが、いままた来ている。

両国の過去の歴史を共有し、真摯に向き合う。この姿勢がないと、同じ問題かこれから先も何度も繰り返されるだろう。

68824818_2693453420689004_8815988715177377792_n.jpg   幡多ゼミ5 高知新聞 津賀ダム交流


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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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