横山充男

 いま、となりの黒潮町の大方あかつき館(上林暁文学館)で、中村出身の児童文学者横山充男展「光っちょるぜよ!ぼくら~横山充男・児童文学の世界」が開かれている(6月1日まで)。

DSCN7770.jpg     DSCN7768.jpg

横山君(と言わせてもらう)は私と「同級」だが、小・中・高とも別。(中村では、同い年のことを「同級」と言う。)彼はすべて中村で、八束の私からいえば「おまち」の人だ。

横山君にはじめて会ったのは5年前。共通の友人の発案で、「3丁目の夕日」の時代(昭和30年代)の中村の思い出を語りあう、公開「対談」を行なった。横山君は、いまは滋賀県に住み、愛知県の東海学園大学人文学部の教授をしているが、当時住んでいた大阪から帰って来てくれた。

私らが小学校6年の時(昭和39年)が東京オリンピック。そのころの中村は輝いていた。子どもも多く、まちは人であふれていた。特に「いちじょこさん」(一條大祭)の時はすごかった。映画館が4つもあった。

当時、私にとって中村はとてつもなく大きな町、たまにしか行かない、あこがれの町、であった。だから、私など田舎の子にとっては、中村の子はハイカラな「おまちの子」であり、コンプレックスをもっていた。そんな話をした。

しかし、「おまちの子」も、街なかだけでなく、赤鉄橋下や後川で泳いだり、為松公園がある山を走り回って遊んでいた。私などよりも遊びは多彩だったようだ。そうした体験が、いまの自分につながっているという、そんな話を彼もしていた。中村に対する、思いは同じだった。

 DSCN7773.jpg     DSCN7783.jpg     DSCN7792.jpg

それは、彼の児童文学にも反映し、その骨髄を流れる血のようになっている。中村という土地、幡多という風土、そのすべてが作家横山充男を育てた。彼はいま100くらいの作品を書いているが、その中心となるのは、中村や四万十川をテーマにしたものだ。主人公は、昭和30年代の自分そのもの。

代表作「光っちょるぜよ! ぼくら」「少年たちの夏」「おれたちゃ映画少年団」、近作「夏っ飛び」「ラスト・スパート」など。

今回の展示を記念した、彼による文学講座が、3月9日、同館で開かれた。テーマは「ファンタジーランド幡多」。
幡多は不可思議で得体のしれないところ・・・ファンタジーな世界であり、無限の魅力がある、という話。

ファンタジーとは何か、メルヘンとの違い、に始まり、土佐とは何か、幡多とは何か、などの歴史・文化・民俗・風土の話まで及んだ。土佐の中でも幡多は異質な世界であるということは、私もずっと思ってきたこと。

彼はずっとふるさとを離れている。ふるさとを、他と比較しながら、常に外から見ている。地元にいる人間にはない、視角である。私も長くふるさとを離れていたので、同じ感覚をもっている。

 DSCN7798.jpg

私と違うのは、彼は18歳で中村を離れてから、家庭、家族の事情でふるさとには帰る実家がないということ。最初に帰って来たのは、40歳の時、22年ぶりだった。

すでに文学の道に進んでいて(当時は高校教師)、その時書いた小説が「帰郷」。自分が、この空、海、川、土そのものであることを自覚する。ブランクが長かった分、衝撃は大きかった。

下田出身のシナリオライター中島丈博が映画「祭りの準備」に描き、西土佐出身の作家笹山久三も「四万十川―あつよしの夏」に書いたように、ここには、こだわって書きたいモノがある。モノとは、土や空気、におい、のようなもの。強烈なインパクトを与えられる何かが・・・

私小説作家の大御所、上林暁もふるさとや親族をテーマにした(というよりも事実そのもの)作品が多い。今回の展示が上林暁文学館で開かれたのは、同館長が彼の高校時代の友人(同級)であることによるものだが、幡多という風土に根っこをもつ作家同士であり、会場としてピッタリだと思う。

横山君は、最近は取材も兼ねて、ちょこちょこ帰って来ている。
去年から地元講演は3回目だ。

中村、幡多にこだわり続けている男がいる。
私はそれだけで、うれしい。

 DSCN7028.jpg     DSCN7805.jpg


横山充男
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E5%B1%B1%E5%85%85%E7%94%B7

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR