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蘆花公園

11月18日、蘆花公園に足を運んだ。京王線「芦花公園駅」から歩いて15分ほど。前にも2度来ているが、その時は4月、8月だったので、秋の雰囲気にもひたりたくて。

蘆花とは徳富蘆花健次郎のこと。蘆花は明治40年、当時は武蔵野の原生林の中に畑が点在するここ粕谷(いまは世田谷区)に青山から引っ越して来て、恒春園と名付け、晴耕雨読の生活を始めた。その様子は随筆「みみずのたはこと」に書かれている。

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明治43年6月、幸徳秋水らが拘束された。蘆花は事件のなりゆきが気になっていた。翌44年1月18日、秋水ら24人に死刑判決が出る。

蘆花は天皇への助命嘆願文を書き、兄蘇峰→首相桂太郎に届けようとした。しかし、届く前、判決からわずか6日後の1月24日、死刑が執行されてしまった。翌日新聞で知り、まさかこんなに早く、茫然となる。

その日は、蘆花が農家の古家を移築し書斎として棟上げをした日であった。書斎はそんな経緯から秋水書院と名付けた。当時、その名前を公にすることはできなかったので、公然とよばれるようになったのは戦後である。

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悶々としていたところに、一高生が講演を頼みに来たので、即承諾。一高に出向き「謀反論」講演をおこなった。「諸君、謀反を恐れてはならぬ。新しいものは常に謀反である。」と、秋水らを擁護した。

昭和2年没。その後愛子夫人は家と広大な土地を都に寄付、いま都立公園になっている。秋水書院の中にも入れる。

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私が最初にここを訪ねたのは、公職時代の2011年8月、秋水書院を見たかったから。

園内には蘆花記念館のあり、資料が展示されている。秋水のことも触れられていたので、係りの人と今後交流をしましょうということになり、帰ってから秋水の顔写真を送ると、お返しに秋水書院の写真が届いた。この写真は、いま四万十市立図書館内の秋水資料室に展示してある。ここで求めた天皇直訴文のレプリカとともに。

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今回は時間があったので、公園をぐるり歩いた。蘆花夫妻の墓もある。一部テニスコートになっているが、武蔵野のくぬぎ林がそのまま残っている。

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紅葉のまっさかりで、落ち葉につつまれた雰囲気。その中に藁ぶき屋根の秋水書院と居宅跡。明治時代にタイムスリップしたようだ。

武蔵野はやはり秋が一番いい。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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