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愛敬稲荷神社物語

井上ひさし「闇に咲く花 愛敬稲荷神社物語」(1987年、講談社)を読んだ。

この本は、2月11日、建国記念の日に反対する高知県集会で講師に迎えた山崎雅弘氏(歴史研究者)の講演「息を吹き返す大日本帝国の精神」の中で紹介してくれた。

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山崎氏は戦前の日本の天皇中心の国家体制の精神的主柱になった国家神道についての話の中でこの本を紹介した。即ち、日本古来からの神道(神社)と、明治以降の国家神道は違う。

国家神道は天皇が神としてつくりあげられたもので、国民の精神、心を縛り上げる道具、システムとされた。靖国神社は明治になってから国によって作られた。

日本の文学者たちは、戦中はこれに反対の声をあげず、戦後もその反省を書くことはなかったが、唯一この本だけが書いているという。

この本は戯曲であり、いまもいろんな劇団で演じられている。敗戦直後の焼け跡の東京神田、愛敬稲荷神社の境内で繰り広げられる庶民の物語。井上ひさし特有の笑いとユーモアを交えているが、テーマは深刻である。

主人公の神官は、戦中、戦争に行く若者たちに「骨は国が拾ってやる、安心して征きなさい」「神となっておかえりください」と言って送り出した。このことを戦争未亡人から指摘されると、あなたたちも大日本婦人会のタスキをかけて、日の丸の小旗を振りながら、「兵隊さんは命がけ、私達はタスキがけ」と声をはりあげていたではないか、と反論する。

そこに戦死したはずの息子が帰ってくる。しかし、喜びもつかの間、グアム島で現地人を虐待したという罪に問われ、GHQに拘束され、裁判にかけられるため送還される。

息子は野球選手のピッチチャーだったため、現地人と野球をしたさい、コントロールを誤り、顔にぶつけたことがあった。日本軍の残虐をPRしたい米軍によってそのことが虐待とされてしまった。

息子は送還されるさい、父に言う。

「 お父さん、あの頃のことを思い出してください。ご近所の人たちや通りすがりの人たちの持ち寄ったささやかな願いごとや、つつましい決意や、ほほえましい愚痴や、小さな感謝の念で、この愛敬さんの境内が充たされていたころのことをお思い出してください。」

「その頃の境内は、普通の人たちが心の垢を捨てに来て、さっぱりとした心になって帰る、そういうところだった。でも、いつの頃からか神社は死の世界への入り口になってしまった。父さん、出征兵士がいったい何人ここから旅立って行ったんですか? 」 

「 父さん、ついこのあいだおこったことを忘れちゃだめだ、忘れたふりをしちゃいけない。過去の失敗を記憶していない人間の未来は暗いよ。なぜって、同じ失敗をまた繰り返すに決まっているからね。神社は花だ。道ばたの名もない小さな花。 」

神社は「闇に咲く花」。


・・・息子はグアムで処刑された。

戦争では結局、庶民がだまされ、犠牲にされる。

庶民をだましたシンボルが伊勢神宮を本山とした国家神道だった。

安倍首相は、毎年最初の記者会見は伊勢神宮で行っている。
2016年、サミットは伊勢志摩で開かれ、各国首脳が伊勢神宮を「訪問」した。

大日本帝国の精神が息を吹き返している。
同じ過ちが繰り返されそうとしている。

井上ひさしの警告。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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