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豊ノ島関 ありがとう

大相撲の豊ノ島関が引退した。ご苦労様でしたと、ねぎらいたい。

地元を長く離れていた私は、朝潮、土佐の海など、高知県出身力士を応援してきた。中でも、豊ノ島は同じ幡多(宿毛)出身ということで、ぐっと親近感が増し、特に力が入った。

豊ノ島の本名は梶原大樹。父親の一臣さんは私の高校の1年後輩だと知ったことで、さらに応援に力が入った。

私は2004~2008年、大阪に勤務していたころ、高知県人会に入っていた。そのころ、豊ノ島は十両から幕内に上がってきたので、県人会で豊ノ島後援会をつくった。会長経営の土佐料理屋で「激勝会」と称して激励会を開き、なんばの大阪体育館にも応援に出かけた。

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豊ノ島が所属している時津風部屋は、春場所は大阪市内の八王子神社に陣を張っていた。八王子神社は私の住んでいた家の近所だったので、稽古のもようも見に行った。

激勝会では、豊ノ島は力士にしてはめずらしく、酒が飲めなかったが、ニコニコして、みんなときさくに話してくれた。

私が市長になった直後、宿毛に帰省したさいには、市役所に挨拶に立ち寄ってくれた。私は、宿毛の秋沢ホテルで開かれた、元歌手沙帆さんとの結婚報告会にも出席させてもらった。

当時の宿毛の中西市長が、豊ノ島のおかげで、全国の皆さんが宿毛を「スクモ」と読んでくれるようになったと、喜んでいたことを思い出す。

豊ノ島の活躍のピークは、14勝1敗で横綱白鵬と優勝決定戦をたたかった2010年11月場所であった。あの時は、本当に優勝するかと思った。

その後は、ケガもあり、幕下まで落ちたこともあったが、なんとか幕内に復帰した。しかし、また幕下に落ち、ついに力尽きた。

36歳と言えば、まだまだ若いが、相撲の世界では限界であり、仕方がないだろう。今後は井筒親方として後進の指導にあたるそうだ。

この間、郷土の誇りとして、みんなを楽しませてくれたことに、お礼を言いたい。

地元で慰労会を開いてやればいいのだろうが、コロナ蔓延の現状では、申し訳ないが、とても無理であろう。

その分、心から言いたい、ありがとう豊ノ島。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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