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安心院

安心院=あじむ、と読む。

松本清張の小説「陸行水行」を読んだ。昭和38年に書かれた短編推理小説である。

私はこの小説のことを知らなかったが、きっかけは5月8日放送されたNHKBS「新風土記 松本清張・鉄道の旅」で紹介されたから。

清張は、小倉に住んでいた戦前の下積み時代から古代史に関心をもち、大分県安心院にたびたび出かけた。例の邪馬台国論争の舞台の一つになっていたからだという。番組では、安心院(現在は宇佐市安心院町)が出ていた。

魏志倭人伝に書かれた、朝鮮から邪馬台国に至るルートの解釈において、邪馬台国九州説、大和説など、いろんな説があることは有名である。

九州説においても、いまの地理で言えば、どこを通るのかによって、諸説あった。詳しい説明は省略するが、その中の一つに、邪馬台国に至る途中の不弥国=安心院説があった。

朝鮮 ~伊都国(福岡県朝倉郡) →奴国(大分県玖珠郡森) →不弥国(大分県宇佐郡安心院) →投馬国(大分県臼杵) →邪馬台国(宮崎、鹿児島県境)

ということ。

この説によれば、古代、朝鮮から渡ってきた海神系の民族に「阿曇(あづみ)」というのがいたらしく、「あづみ」が「あじむ」に転化したものだという。

私は就職後、最初の転勤先は大分市であり、3年半いたことがあるので、安心院というめずらしい名前は知っていた。

当時、大分県では「一村一品運動」というのに取り組んでおり、安心院はぶどうの産地化に力を入れていた。

しかし、私は安心院には行ったことはなかった。邪馬台国論争にかかわっていたことも、今まで、知らなかった。

今回、安心院が気になったのは、大分時代に縁ができた友人の一人が、いま安心院に引っ越して、養鶏業をやっており、3年前訪ねたからだ。

そこは、安心院町の妻垣という、まさに「陸行水行」の舞台になったところであった。そこには妻垣神社があり、その境内で、小説が展開する。

いまは合併で同じ宇佐市になっているが、宇佐には宇佐神宮がある。妻垣神社は宇佐神宮との関係も深く、戦前には、騰宮学館という神職養成学校もあった。

当時、全国でも、神職養成学校は、ほかに国学院(東京)、皇学館(伊勢)しかなかった。(騰宮学館は戦後廃校、他の二つはいまもある。)

番組でも紹介されていたが、合併前の安心院町では、卑弥呼祭りというのをやっていたようだ。祭りに参加した清張の写真も出ていた。

また、宇佐市の旧国鉄豊前善光寺駅から四日市まで、大分交通豊州線という軽便鉄道が走っていた(大正3年~昭和28年)ということも、今回知った。清張はこの鉄道に乗って山の中の盆地、安心院に通ったのだ。

友人に聞くと、「安心院ワイン卑弥呼」があるとか。
麦焼酎「いいちこ」の三和酒類がつくっているということだ。

大分県には、まだまだ知らないことが多い。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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