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横田滋さん

北朝鮮拉致被害者家族の会、前代表の横田滋さんが6日、亡くなった。87歳。昨夜から、さかんに報道されている。

いま私の胸の中は、日本政府への怒りで煮えたぐっている。

いまの被害者家族の会代表の飯塚繁雄さん(81歳)は昨夜、報道陣取材に答えて、「結局、なにもしないと、こういうことになることはわかっていた。何もしてこなかった。」と無念の言葉を、絞りだしていた。

「何もしなかったとは」、日本政府のことであり、政府がなにもしてくれなかったという恨み節である。しかし、「政府が」とははっきり言わなかったし、言えないところに、拉致被害者救済活動の複雑な背景がある。

2002年9月、当時の小泉首相が北朝鮮に飛び、蓮池夫妻らを連れて帰ってきた。それを機に、両国間でいろんな動き、やりとりがあった。

しかし、2012年、第二次安倍政権になってからは、少なくとも前向きな動きはパタリと止まってしまった。

安倍首相は、2002年小泉政権時には拉致問題担当の内閣官房副長官であり、小泉首相に随行し、北朝鮮に行っている。

だから、安部首相は、拉致問題は自分のライフワークだ、自分に任せてほしい、などと、この経験を、さかんに「売り」にしてきた。

家族の会もこれを信じ、安倍さんならやってくれるだろうと期待をし、政府の指示をあおぎながら、署名活動、集会など、いろんな救済活動に取り組んできたものと思われる。

しかし、期待は裏切られるばかりであった。特に、北朝鮮が弾道ミサイル実験を始めると、政府は拉致問題とセットで、北朝鮮の脅威をあおり続けた。

それは、拉致問題を解決するためではなく、北朝鮮脅威論をふりまき、自分の政策に利用するためであった。特定秘密保護法、憲法解釈変更による安保法制、共謀罪など、平和憲法をないがしろにする、大立ち回りを次々にやってきた。

トランプが来日した時には、横田さんらを会わせ、自分の手柄にした。しかし、トランプには日本の被害者家族救済など眼中になかったことは、当時の口ぶりからもあきらかであった。実際、トランプはこの問題で何も動かなかった。

ここ2,3年、韓国と北朝鮮、米国と北朝鮮の対話が電撃的に開かれた局面があった。しかし、こうした際にも、日本はカヤの外。

4か国協議(中韓米日)と言われる国の中でも、安倍首相だけがキムジョンウンにまだ会ったことがない。日本は外交において、北朝鮮からまったく相手にされていない。

それなのに、「あらゆるチャンスをとらえ北朝鮮に働きかける、次は私自身がキムジョンウンに会う」などと、空々しい強がりを繰り返してきた。

安倍首相の昨夜のコメントは、「めぐみさんを救出してやれなかったのは、断腸の思い。申し訳なく思う。」と、さすがに神妙なものであり、強がりめいたことは言わなかった(言えなかった)。

北朝鮮は異常な国家である。他国人を拉致するなど、決して許せるものではない。そうした国が相手であるから、問題解決は非常に困難なことである。誰が首相であっても容易なことではない。

しかし、私が許せないのは、難しいことはわかっていながら、被害者家族に期待をもたせ、自分の政治的立場の維持や、政治的野心の実現のために、さんざん利用してきたことである。

首相になれたのも拉致問題のおかげである。安倍首相にとっては拉致問題があったほうがいい。北朝鮮との緊張関係を利用できるから。だから、問題を解決する気などさらさらない。

被害者家族は弱い立場にある。国と国との問題においては、自国の政府に頼るしかない。安倍さんならやってくれるだとうとの期待もあったろうが、こんな安倍さんは信用できない、言葉だけでやる気が感じられないなど、いろんな思いがあったはずだ。しかし、政府に頼るしかなかった。

飯塚繁雄さんの昨夜の言葉は、政府への不満、批判を腹の底からしたかったのであろうが、奥歯にものがはさまって言い方で、本音を抑えていたのは、安倍首相に頼った自分たちの運動の進め方に対する、忸怩たる思いがあったのであろう。また、あきらめの気持ちもあるのであろう。

私は被害者家族の弱みにつけ込み、もてあそんで、利用し尽くした、安倍首相を断じて許すことができない。横田さんは、その犠牲者である。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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