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秋水「非戦の碑」建立計画

来年2021年は幸徳秋水生誕150年(11月5日)・刑死110年(1月24日)にあたる。

幸徳秋水を顕彰する会では、毎年1月24日の秋水命日(刑死日)に墓前祭を行っているが、10年きざみの節目の年には、規模を大きくした記念事業に取り組んでいる。

直近では、2011年の刑死100年には、四万十市(行政)と一緒に1年間を通した記念事業に取り組み、幸徳秋水シンポジウムや大逆事件サミットなどを開いた。サミットは、その後も全国各地に引き継がれ、今年10月には第5回が神戸市で開かれることになっている。

来年は、刑死110年が生誕150年と重なることもあり、記念事業の目玉として秋水二つ目の顕彰碑を建立することを計画している。

いまある顕彰碑は、秋水刑死70年記念事業として1983年、市内為松公園に建立したものであり、秋水が死刑判決を受けた日、獄中で書いた漢詩「区々成敗・・・」を刻んでいる。われわれはこれを絶筆碑と呼んでいる。

秋水絶筆碑 1983年建立 為松公園

この碑の除幕式は1983年1月24日の墓前祭の日に行い、記念講演は塩田庄兵衛先生におこなってもらったのだが、その夜、何者かがこの碑にセメントを塗り込んだ。

翌朝早く公園管理者は発見し、セメントがまだ固まっていなかったので、水で洗い落とすことができ、ことなきをえた。犯人は不明だが、当時は右翼団体のいやがらせもあったので、そうした人物によるものと思われている。

いまではそんな「事件」はなくなったが、世の中の不穏な動きはそのころより増しているよう思う。不穏な動きとは、日本が再び戦争をはじめようとする動き。

第2次安倍政権になってからはそれが顕著で、5年前には、憲法九条の解釈改憲によって安保法を成立させ、日本を「戦争ができる国」に変えてしまった。さらに、明文改憲に執念をみせている。

幸徳秋水が日露戦争に反対した非戦論は「反戦平和の原点」である。戦後それが結実したのが憲法九条である。いまこそ、秋水の非戦論に立ち返り、憲法九条を守らなければならない。

そんなことから、今度の秋水顕彰碑には秋水の非戦論の文章を刻むこととした。日露開戦前夜、秋水が創刊間もない平民新聞に書いた論説「吾人は飽まで戦争を非認す」(1904年1月17日)の中の次のフレーズを引用する。

吾人は飽まで戦争を非認す
之を道徳に見て恐る可きの罪悪也
之を政治に見て恐る可きの害毒也 
之を経済に見て恐る可きの損失也
社会の正義は之が為めに破壊され
萬人の利益は之が為めに蹂躙せらる
吾人は飽まで戦争を非認し 
之が防止を絶叫せざる可らず

建立場所は秋水墓がある浄土宗正福寺境内。佐藤嘉辰住職が快く場所を提供してくださった。

建立除幕式は来年2021年11月3日(文化の日)を予定している。秋水誕生日が11月5日なので、その直前の休日であり、かつこの日は1946年、日本国憲法が公布された日である。

実は、この日は明治天皇の誕生日であり、戦前は明治節とされていた日である。
そんな因縁のある日ではあるが、だからこそ、「非戦の碑」の除幕にはふさわしいと思う。

建立にかかる費用は約300万円。秋水顕彰会会員をはじめ広く協力寄付金を募ります。ぜひ、多くの方のご支援をよろしくお願いいたします。1口=5千円を目安としていますが、それ未満でも結構です。振込先は次のとおり。

ゆうちょ銀行 一六九支店
当座 0009071
名義 幸徳秋水を顕彰する会

振込口座は、チラシにも書いています。

チラシ完成版

「非戦の碑」は単に秋水だけの記念碑ではなく、平和を愛し守る国民総意のシンボルにしたいと思います。

ぜひ、多くの方のご賛同と、ご支援をよろしくお願いいたします。

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高知新聞2020.7.19


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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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