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秋水非戦の碑を

幸徳秋水は明治4(1971)年、中村に生まれ、土佐の自由民権の空気を吸って育ち、若くして中江兆民に師事し、新進ジャーナリストとして活躍しました。

日露戦争に対しては、非戦論を唱え、堺利彦、内村鑑三とともに戦争容認に転じた萬朝報社を退社。堺と平民新聞を発刊し、自由・平等・博愛・平和を掲げ、論陣を張りました。

敵国ロシアでも文豪トルストイが戦争非難の平和論を発表。秋水は平民新聞でこれを翻訳紹介し、国際平和に向け、海を越えた連帯を進めようとした。

秋水の非戦論は、戦後、永久平和・戦争放棄の日本国憲法第九条として結実。しかし、戦後75年を経たいま、日本政府は憲法解釈変更により集団的自衛権を容認し、日本は再び戦争に巻き込まれかねない国に変えられてしまいました。

来年、秋水生誕150年・刑死110年を迎えるにあたり、私どもは秋水の非戦論の代表的論説「吾人は飽くまで戦争を非認す」の一文を石に刻み「非戦の碑」として、秋水の墓がある市内正福寺境内に建立する計画を進めています。

いまこそ「反戦平和の原点」である秋水の非戦論に立ち返り、平和を愛し守る日本国民のシンボルにしたいと考えています。

多くの方のご賛同とご支援に期待してします。


高知新聞「声ひろば」投稿
2020.7.28

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チラシ完成版

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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