四万十の日

 きょう、4月10日は「四万十の日」です。

 旧中村市時代の1989年(平成元年)に制定しました。四万十川の清流を守り、その豊かな環境や文化を将来に残していくために、市をあげて、その保全活動に取り組んでいくことを、目的としたものです。

この目的を実現するための市民横断的な組織として「四万十の日実行委員会」も結成。現在、区長会、婦人会、商工会議所など、官民33団体が加盟しています。
 http://smh.city.nakamura.kochi.jp/

「実行委員会」では、いろいろな取り組みをしています。その一つが、市民による川の一斉清掃。毎年4月、沿川各所で行なっており、今月も6日に行ないました。また、小学生を対象に、四万十川に棲む生物の生態観察会なども開いています。

きれいな川を維持するためには森林保全も重要。四万十川のシンボルになっている、岩間沈下橋の背後の山の伐採を抑制するため、「森林トラスト」として借り上げ、保全をはかっています。
 
「実行委員会」の活動には、多くの市民が参加をしています。ごく自然に、普通に、あたりまえに。

私は以前の仕事で各地を転勤したことがあり、これまで全国の多くの川を見てきたのでわかるのですが、こうした川は大変めずらしい。決して、ひいき目にみているのでありません。客観的にみて、そう思うのです。

このことは、四万十川が1970年代以降、「最後の清流」などと呼ばれ、有名になったからではない。もともとから、流域の人々は、この川を大切にしてきたのです。

それは、川が生活の一部であり、先祖代々、川と一体となって生活をしてきたからです。四万十川が貴重なのは、清流をいまに残しているからではない。それよりも、「人間と川」のつながり、つまり日本人が、川とともに生活をしてきたという、痕跡をたくさん残しているからである。コロバシ、柴漬け、ゴリのガラ引き漁などの伝統漁法は,その典型です。

人間は川の恵みによって生きてきた。

いろんな形をした川舟も、多く残っています。
この日にあわせ、市民有志が「四万十川船上結婚式」を企画してから、きょうで10年になりました。

沈下橋がなぜ、この川にたくさんつくられたのか。
自然に抗わず、共生しようとした人々の生活の知恵。
この橋のおかげで、人々の生活が、いまでも川のすぐそばで息づいている。
人と川が分断されていない。

最近は、入田柳林に群生する菜の花が有名になり、新たな四万十川の観光スポットになりました。この河川敷の整備は、市民ボランティアがおこなっています。
川に再び、人が集まってくるようになりました。

人と自然の接点、川べりは楽しい。


<「四万十の日」制定宣言 >

はるかなる四国山地の奥深く
木々の葉をつたい落ちた一滴の雫が
生命を育む流れとなって、はてしない旅に出る。
渓谷の岩をはみ、山里をぬい
やがて、大河となって太平洋にそそぐ。
母なる川の水面に、生命が踊る。
大いなる流れに、生きとし生けるものの営みが時をこえて、受け継がれてゆく。
この豊穣、この限りない大自然の恵み。
人と自然が調和する日本最後の清流に
いま、私たち人間の知恵が試されている。
「四月十日」、すべての人々の、すべての地域の自然保護への熱い思いを託して。
私たちはこのかけがえのない四万十川の清流を守り、伝えることを宣言する。


深く、重い、「メッセージ」だと思う。


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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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