FC2ブログ

国鉄中村線 2

国鉄中村線

10月1日、鉄道が中村に着いてから50年になった。

私が初めて汽車に乗ったのは小学校低学年のころ窪川から。中村から急行バスに揺られ途中で吐き気をもようし、バス備え付けの洗面器の世話になった記憶がある。

鉄道が佐賀まで来たのは小学5年の時で、6年の修学旅行は土佐佐賀駅から高知市方面へ。お城、桂浜、五台山、県議会、柳原の遊園地、大丸、日章飛行場、杉田ダム、龍河洞などへ行った。田舎の小学生にとって高知はドキドキの大都会であった。

高校になって高知に出たが、まわりには幡多弁がわかりにくかったようで何度も笑われた。幡多は当時「陸の孤島」と言われていた。私にはいやな言葉で蔑称と感じだ。

高校3年の時、待望久しかった鉄道が中村に着いた。これで高知と対等になった、高知に負けるもんか、と心底うれしかった。

しかし、国鉄中村線は赤字路線として国鉄分割民営化に合わせわずか18年で廃止され、地元自治体が受け皿としてつくった第三セクター土佐くろしお鉄道に移管された。

その後も人口減少に加え、高速道路の延伸等により、厳しい環境が続いているが、幡多人にとって鉄道は「誇り」であり、特別の意味がある。幡多の「希望」をつなぐレールは絶対に維持存続しなければならないと思う。


声ひろば
2020.10.10

国鉄中村線












コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR