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一條さん

今年も11月22日~24日、一條神社の秋の大祭が開かれた。地元ではこのお祭りのことを「一條さん」と呼ぶ。

今年の一條さんはコロナの影響で規模を縮小。参道入り口の駐車場での大道芸や歌などの催し物は行われず、屋台も県内業者に限定し、間隔をあけ、びっしり並ぶという訳にはいかなかったため、寂しい感じはしたが、それでもまずまずの人出であった。

9月に行われる不破の八幡さんの秋祭りは、神事の一部だけが行われ、屋台などはまったく出なかったので、一條さんも同じだろうと思っていた。しかし、一條さんはほぼ例年と同じような形で行われたので、よかった。中村の人間にとってこの季節、一條さんがあるのとないのでは全然違う。

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最近は人口そのものが少なくなったため、人出も少なくなったが、私が子供のころの人の数はすごかった。中村の近郷近在から人が町に集中していた。

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当時、移動はバスしかないので、満員バスに揺られて中村に出てくる。坂本橋を渡り、堤防にあがると赤鉄橋が遠くに見える。だんだんとお町が近づいてきて来る。いよいよ鉄橋をバスで渡る時は胸がドキドキした。中村はそれだけあこがれのお町であった。

一條神社にお参りしようとすると、階段下には傷痍軍人姿をした人たちが顔や手足に包帯を巻いて、松葉杖を肩にかけ、哀愁を帯びたアコーディオンを流しながら、援助を乞うていた。

私はこども心に、その姿を見るのが気の毒というより怖くてたまらず、目を合わさないようにして前へ進みたいとあせるのだが、人が押し合いへし合いで、身動きがとれなかった。

町の中は人であふれていた。サーカス小屋もあった。三つあった映画館も満員であった。

近郷近在の農家などは、普段は中村にでかけることはないが、一條さんの時だけは家族そろってでかけ、うまいものを食べてから映画などを見る。一年に一度の楽しみであった。

いまはどの家にも車があり、簡単に町に行ける。町の値打ちがなくなった。しかし、一條さんだけは、中村の昔からの威光のようなものをかもし出している。中村と一條さんは歴史も文化も一体である。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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