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土佐佐賀駅

正平さん、3年半ぶりの幡多(幡多地方、高知県西南部)へようこそ。

私にとっての思い出の場所、心の風景は黒潮町佐賀にある土佐くろしお鉄道土佐佐賀駅です。

土佐くろしお鉄道の前身は国鉄中村線でした。国鉄の土讃線窪川駅から先が中村線として建設が開始され、1963年、最初に土佐佐賀駅までが開通しました。私が中村市(現四万十市)の小学校5年生の時でした。

私が6年生の時の修学旅行の行先は高知市でした。同級生は56人で、学校から貸し切りバスで2時間かけ土佐佐賀駅まで来て、ここで列車に乗り替えました。

私は窪川駅から一度汽車に乗ったことはあったのですが、土佐佐賀駅からは初めてでした。同級生には汽車に乗るのが始めての子も多く、バスの中はわくわくドキドキ、期待と緊張感が漂っていました。

土佐佐賀駅は始発駅だったので、あちこちからのバスが集中して、大変込み合っていました。改札口からホームで待っている列車が目に入ると、みんな早く乗りたいとあせっていましたが、先生に順番に並んでからと言われ、じっとがまんしていました。修学旅行の楽しみの一番は汽車に乗れることでした。

私はその後高知市内の高校へ進学しましたので、夏休みなどの里帰りは土佐佐賀駅で降りて、いつもバスに乗り換えていました。乗客全員が降りるので、バスの席をとるのが大変でした。

そのことが気になり、わずかな小遣いで家への土産にと高知から買ってきたお菓子を網棚に忘れ、家に帰るまで気づかず、そのままになってしまったこともありました。

土佐佐賀駅は「終着駅は始発駅」であり、いつも大変込み合っていましたが、私が高校3年生の時、1970年10月1日、線路が私の地元の中村まで延びたため、それ以降は私にとっては通過駅になってしまいました。あれだけ込み合っていた駅を過ぎる時、窓からながめても閑散としていました。

中村駅まで延びたことは私にとってはよかったのですが、何か裏切ってしまったような、申し訳ない気持になりました。土佐佐賀駅はすぐに無人駅になりました。賑わいはわずか7年間で終わったのです。

その後、1988年、中村線そのものも国鉄の分割民営化に合わせ18年間で廃止され、第三セクター土佐くろしお鉄道に引き継がれ、いまに至っています。

最近は、人口減少に加え、高速道路の延伸などの影響で、鉄道の利用客は減っています。

私も車を利用することが多くなり、土佐佐賀駅の前の国道を通る時ホームに目をやっても、人影を見ることはほとんどありません。私はますます申し訳ない気持ちになっています。

土佐佐賀駅は、この10月で通過駅となってから50年たちました。しかし、いまでも地元の駅としてふんばっています。

正平さん、どうぞそんな土佐佐賀駅を訪ね、がんばっているねと激励をしてやってください。

佐賀の町は、カツオの一本釣りの基地であり、おいしいカツオが食べられますよ。


高知県四万十市(旧中村市)
田 中 全  67歳

NHK とうちゃこ への手紙
(採用されませんでした。)



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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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