脱原発をめざす首長会議

 4月26日、脱原発をめざす首長会議の今年度総会が神奈川県小田原市で開かれ、出席してきた。

同会議は、福島第一原発事故を受けて、2年前の4月、「住民の生命・財産を守る首長の責務を自覚し、安全な社会を実現するため原子力発電所をなくすこと」を「目的」として結成された。

世話人(呼びかけ人)は、桜井勝延・福島県南相馬市長、村上達也・茨城県東海村長(いまは元職)、三上元・静岡県湖西市長、事務局長は上原公子・元東京都国立市長。会員は基礎自治体の長(元職を含む)であり、現在94名。うち高知県は私を含む4名。

(脱原発をめざす首長会議 ホームページ)
 http://mayors.npfree.jp/

結成総会は東京、昨年度総会は茨城県東海村で。今年度、小田原市で開かれたのは、加藤憲一市長が会員であり、再生可能エネルギー普及に積極的に取り組んでいるから。私は初めての出席、全体でも19名だった(現職首長はみんな忙しい)。

 総会では、昨年度の取り組み報告と、今年度の方針が議論された。私からも「四万十川アピール」の発表等、伊方原発に近い高知県の取り組みを報告したが、最も強烈で切実だったのが井戸川克隆・元福島県双葉町長の発言。原発立地の町として全町避難が続いており、帰還のめどは全くたっていない。ご本人もいま埼玉県加須市に住んでおられる。

「わたしたちは“ふるさと”の歌がきらいです」「国に見捨てられたまま」・・・
政府が策定を進めている「避難計画」は、受け入れ側の計画が立てられず、また「帰還計画」とセットにならない以上、絵に描いた餅。避難生活は人権と真逆。原発避難を呼びかける法律などの整備が必要だが、政府はそんなことそっちのけで、原発再稼働に前のめりになっている。原発はカネと密接につながっており、人もバラバラにされている。

東海村の村上達也・元村長は、「30キロ圏内脱出」は無意味であり、「複合圏内」になれば手の打ちようがない。「避難と帰還」の計画をつくるのは、もともと無理な以上、原発再稼働はありえない、と。

こうした議論をふまえ、「新エネルギー基本計画の抜本的見直しを求める」「実効的な避難計画・態勢が確保されなければ原発再稼働せず、の確認を求める」「九州電力・川内原発の再稼働に反対する」、3つの決議を採択し、政府に提出することを決めた。

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 勉強会では小田原市の取り組みが紹介された。市民出資による太陽光発電をすすめる事業体や、「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」(代表・鈴廣かまぼこ副社長)の設立、関係条例の制定など。

夜の交流会では、井戸川さんと隣り合わせた。国への怒りの塊りであった。町民を避難させる中で、井戸川さんも被ばくしており、今日は鼻からだけでなく喉からも血が出たと、しんどそうだった。

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 2日目(午前)は、小田原市の事業の現地視察。小学校屋上の太陽光パネルや山上のメガソーラー設置予定造成地、また過去の小水力発電所の遺構など。加藤市長にマイクロバスで案内をしてもらい、市の強い意欲がうかがえた。

「自然エネルギーのまち」として注目されている、四万十川源流域の梼原町は、風力・地熱・小水力・木質バイオマス等、ほとんどの施設が町直営だが、小田原では市民や先進企業の力を活用していることが違う。都市部ゆえのやり方だと思った。

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 わが四万十市は伊方原発から50キロ圏内。高知県で一番近い。いま伊方再稼働については、地震対策に重点がおかれているが、すべての原発に共通をしている最大の問題点は、実効性のある避難計画(および帰還計画)が立てられということであること、が今回わかった。本市は避難する側、される側(受け入れ)、両方になりうるが、どの計画策定にも着手していない。高知県からの指導もない。国もいいかげん。これが問題の根っ子である。

 こうした問題の本質を高知県内にも広く知らせなければならない。そこで、9月6,7日、村上・元東海村長を招き、四万十市と高知市で、「講演会&シンポジウム」を開くことになった。

 ところで、今回の私の旅は、岡山県井原市での「大逆事件」犠牲者・森近運平墓前祭参加へのから始まった。「大逆事件」と原発問題は同根である。国家が真実を隠し、よけいな者を消し、国民を強引に誘導していくやり方。

3年前、中村で「大逆事件シンポジウム」を開いた時、早野透・桜美林大学教授(元朝日新聞記者)が言っていた。幸徳秋水は非戦・平和を唱えたジャーナリスト(新聞記者)であった。しかし、日本のジャーナリズムは、その後、戦争賛美で国家に追随し8.15の敗戦を迎えた。にもかかわらず、戦後も、安全エネルギーとして原発礼賛報道で国家に追随した。「3.11は日本のジャーナリズムの2度目の敗北」である・・・と。正鵠を得ている。

また、井原と小田原はこんな縁も。小田原城を築いた北条氏(北条早雲)のルーツは井原。同市内には、「北条早雲駅」もある。両市はいま、交流が盛んであるそうだ。

 いろんな意味で、収穫の多い旅であった。

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(北条早雲像前の写真は、加藤憲一・小田原市長、三上元・湖西市長と)

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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