一條兼定公430回忌法要

 6月28日、土佐一條家4代目御所さま、一條兼定公の430回忌法要に、宇和島沖の戸島へ渡った。去年11月、初めて墓参に行った時は、宇和島港から定期船に乗ったが、今回は中村から31人が参加したので、対岸の矢ヶ浜に迎えの渡船が来てくれた。定期船なら約1時間かかったが、渡船の最短距離ならわずか10分だった。

DSC_2425.jpg     DSC_2426.jpg

 島の人たちは、長宗我部に追われた御所さまをかくまい、墓地がある龍集寺で毎年法要をおこなってくれている。普段も、宮様と呼んで、花などを供えている。中村にも教房公などの墓はあるが、一條神社の大祭(いちじょこさん)は盛大に行なわれているものの、寺の法要はない。島のほうが手厚いともいえる。この日は、中村勢を含めて約70人くらいになった。

 DSC_2439.jpg     DSC_2488.jpg


 住職は法話の中で、最後はキリシタンとなった兼定公は仏式の法要をどう思われているかと心配されていた。しかし、中村から遠く離れた伊予の小島に眠る御所さまは、島人たちの温かい気持ちにずっとこころ癒されていることであろう。

 DSC_2462.jpg     DSC_2466.jpg

 今回は、中村の郷土史家が兼定公と戸島の歴史的背景について講演し、また「玉姫の会」の女性が兼定公のおばあさまにあたる玉姫の物語を紙芝居で披露した。島のみなさん、熱心に聞いておられた。

 DSC_2474.jpg

 集会所では、目の前の海で採れたばかりの大きなサザエや、鯛、イサキなどの料理をふるまってもらい、ビールを交わし、中村と戸島のにぎやかな交流会となった。

 一條家の時代は幡多と伊予南部(南予)は一体的であった。文化・経済に境界はない。いま再び県(行政)の枠組を越えた交流、取り組みが必要になっているのではないか。兼定公が教えてくれている。

 DSC_2496.jpg



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR