暴れ川

 「最後の清流」なんて、オレはそんな上品なもんではないゾ。誰が勝手にそんな名前をつけたんだ。不満タラタラの四万十川が、久しぶりに「暴れ川」の本領を発揮した。

台風11号に伴う豪雨で、9日から10日にかけ、四万十川、および支流の中筋川、後川の水位が警戒水位を上回り、はじめて市内全域に「避難勧告」が出た。中筋川沿いや西土佐には「避難指示」も出た。田畑がどっぷり水につかり、道路も冠水した。西土佐や川登では商店街や住宅も一部冠水。9年ぶりのことだ。上流の四万十町窪川では、住宅300棟くらいが浸かったようだ。

しかし、四万十市中心部の中村から下流はそこまでのところはなかった。県下的にみても、大きな土砂崩れや堤防決壊がなかったこともあり、けがなどの人的被害がほとんどなかったことは幸いであった。

私はきのう10日朝、中村の赤鉄橋から実家がある下流の八束まで、また中筋川沿いの具同、楠島、間、まで、川の様子を見に行った。牙をむきだしてゴ~ゴ~と流れる川には、久しぶりに恐怖を感じた。都度、FB(フェイスブック)にアップして、「友達」に映像を送った。

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 私の兄は専業農家で米とオクラをつくっている。ほとんどが水に浸かった。例年なら、いま頃までには、稲の刈り取りを終えるのだが、最近ずっと雨ばかりなので、今年はまだ刈り取りを始めたばかりだったので、ぼやいていた。水が引いてからの稲は倒れているので、品質も落ちるうえに、刈り取りがしにくいのだ。

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ここらでは台風等による出水は年中行事ではあるが、今回ほどの大水なら、以前ならもっと被害が多くでていてもおかしくなかった。私の子どものころからの経験でもそう思う。今回、被害を最小限にとどめることができたのは、この間の治水対策のたまものである。

先のブログ(7月11日、「水が出る」)にも書いたが、四万十川下流の治水事業は国の直轄で、昭和4年から延々と行なわれている。堤防造成、かさ上げ、内水排除のためのポンプ場設置、ポンプ車配備など。かつての内務省、建設省、いまの国土交通省にとって、四万十川は全国に名だたる、やっかいな川、暴れ川なのである。雨が降ると一気に水かさが増すのは、支流が多いせい。支流総数354は信濃川に次ぐ。生活の知恵としての沈下橋も多くつくられたのも、こうした川の性格や特徴によるもの。

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 暴れん坊の四万十川にとっては、こんな治水事業はおもしろくないことだろう。自由奔放な流れを規制されるからだ。地元出身の私小説作家上林暁はかつて川が「去勢」されてしまったようで寂しいと書いた。

 「最後の清流」は本人のプライドを傷つけるニックネームである。かつてはどこの川も暴れ川であった。人間はその暴れ川にさからわず、うまくつきあってきたからこそ、川の恵みも受けてきた。しかし、いまの川はほとんどが去勢どころか、流れがダムに止められ、よそに吸い取られるなど、瀕死状態にある。

その意味では、四万十川はまだ暴れ川の片鱗を残しているからこそ「最後の清流」なのである。本人には、そのへんのところをわかってもらわなければならない。

流域のわれわれはそのことはわかっている。
だから、今回のように時々はカン気を出して暴れても、だれも本気でおこったりはしない。たまにはストレスを発散しないとかわいそうだと思っている。

日頃、それ以上の恩恵を受けているからだ。
かつての日本人があたりまえに行なってきた川との付き合い。
川の文化。
ここには、それがいまでも残っている。

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奇跡の水

 ブログを拝見致しまして、オーストア人のナチュラリスト、ヴィクトル・シャウベルガー著・奇跡の水を読んだ時の感動を思い出しました。他に、「生きている水」と「究極の自然エネルギー」(単行本)もございます。

大変僭越なこととは存じますが、もし、ご興味がありましたらとご紹介させて頂きました。どうぞ、宜しくお願い申し上げます。
プロフィール

田中全(ぜん)

Author:田中全(ぜん)
四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃんです。

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